センチメモリー/センチメモ

いつの間に私たちはこんなに遠くへ
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はっきり言っておく

評価:
中村 光
講談社
¥ 580
(2009-10-23)
コメント:イエスの父さんが好きすぎる。「滅びよ」って言うところで5分くらい笑いました。そうだよね……鳩だもの……。あと梵天さんもいいですよね! 大天使たちもいいけど天部もいい!

 『聖☆おにいさん』の4巻、イエスの父さんが好きすぎる。
「滅びよ」って言うところで5分くらい笑いました。そうだよね……鳩だもの……
 あと梵天さんもいいですよね! 大天使たちもいいけど天部もいいよな〜(天部は元のキャラからして、阿修羅以外も個性派揃いでかなり素敵です)。梵天さんが甘茶をぶっ放しているトビラが最高です。

 あと確かにイエスはよく聖書で「はっきり言っておく」と言っているので、りんご狩りで「はっきり言っておく」って言いだしたのも笑ってしまった……本当にネタが細かいなあ。
 りんご狩りといえば、ブッダが「もう結婚してるから」と言っているのに不覚にもときめいてしまった。ああ見えて妻子持ちだった。ブッダが生活感ありありでイエスがのほほんなのは、そのあたりの差もあるんだろうか……
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将軍というのはな……もっともっと卑しい女の事じゃ

評価:
よしなが ふみ
白泉社
¥ 650
(2009-09-29)
コメント:4巻では綱吉にはあまりいい印象がなかったのですが、5巻を読んだらこの人はこの人で凄いなと思わされました。綱吉と右衛門佐とか綱吉と吉保とか、結局本当に深いところで繋がっている(ように見える)ふたりほど肉体関係が発生しないんだよね……切ない。四十七士のエピソードを、浅野内匠頭だけ性別逆転させずに描いたのが、うまいなーと思いました。

 ふらっと本屋さんに寄ったら平積みされていたので慌てて買いました。このところ買い物といったらスーパーで食糧とか生活用品とか、そうでなければ家具だったので本を買って何だかホッとしました(笑)

 面白かったです……! 4巻では綱吉にあまりいい印象がなかったのですが、5巻を読んだらこの人はこの人で凄いなと思わされました。吉保に「裏切るなよ」というシーンが好きです。あの場面すごくエロいと思う。
 綱吉と右衛門佐とか綱吉と吉保とか、結局本当に深いところで繋がっている(ように見える)ふたりほど肉体関係が発生しないんだよね……切ない。

 子を成して、血統を次へ繋げるという使命を負わされ、「性」を他者に管理されているかぎりは、男も女も、搾取する(抱く)側もされる(抱かれる)側も、地獄なんだな……。それは女が「抱く」側にまわっても変わらないのですね。

 四十七士のエピソードを、浅野内匠頭だけ性別逆転させずに描いたのが、うまいなーと思いました。あのエピソードがいかに男性目線のものかというのが際だった気がする。
『「性愛」格差論』だったか、酒井順子が「新撰組が腐女子に人気のモチーフなら、四十七士も いいのではないか」という趣旨の発言をしているのを読んで、あーこの人まったくわかってない、ホントにそういう感性が欠落してるんだなあとしみじみ思ったことがあって、ただ自分がなぜそう思うのかという根拠はよくわからずにいたのですが、わかった。忠臣蔵はどこまでいっても、感性も理屈も何もかもが男の物語なんだ。同じ自己犠牲でも、革命はわかるけど仇討ちはイマイチですよね……。
 まだギリギリ戦国を引きずっている家光の頃と、すっかり泰平平和に慣れきった元禄の時代の空気の違いみたいなものも伝わってきました。

 桂昌院と永光院が再会するところで泣きました。
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文学の言葉

 ノーベル文学賞、ドイツのヘルタ・ミュラー氏だそうですね。
 春樹が取るのを期待して正座して発表待ってたという父を、『1Q84』はあれでいいのか、ああいう展開にファンは怒りをおぼえないのか、と真剣に問いつめたのですが、なんかあんまり気にしてないみたいだった。
 父は世代的に大江健三郎もかなり読んでいるはずなので、ああいうのが文学だと思わない? そうしたら春樹は何か違わない? とも迫ったのですが、「そうだけど、大江は読みにくくてさ……」って言われた……えー、読みやすさの問題なの! いや純文学は読みにくくあるべき、なんて1ミリも思ってないけど、むしろ何であれ読みにくいよりは読みやすいほうが絶対にいいと思ってるけど! 難解であればあるほど高級みたいな思想はくだらないと思うけど!
 口あたりの良さ=おいしい、ではないだろう……。
(だけど読みやすい本と聞きやすい音楽だけあればいいっていう人も世の中にはいっぱいいそうだな……)
 確かに春樹の文体は圧倒的に読みやすいし、それは彼の美質だと思うけれども。

 そもそも「読みやすい本」は人によって違いますよね。文化的・思想的な背景が近い著者の文章はなじみやすいし、すーっと入ってくるように感じます。 海外の古典が読みにくいのなんて当然な気がする。
 かと思えば私の弟みたいに遠い文章(SF・海外古典・ファンタジー)じゃないと読めないっていうタイプもいるし。新宿の山田さんが出てくる話とか全然無理なんだそうです。イリノイ州のジミーとかじゃないと入っていけないんだって(笑)

 父は最終的に「村上春樹が純文学だとは思わない」とあっさり言いました。
 そこまでわかっているのに、なぜノーベル文学賞受賞を期待できるんだ…… 春樹はどうしても、どこまでいってもエンタテイメント側の人だと思うんだよね。ジャンルが違う気がする、ノーベル文学賞取るような作品とは。

 私が思う「文学(純文学)」は、「文学の言葉で書かれている作品」です。内容よりは、文体というか、言葉が違う気がしています。
「文学の言葉」以外の語彙が今の私にはなくて歯がゆいんだけれども。最近の日本人なら川端康成とか、三島由紀夫とか、安部公房とか、そのへんの作家の文章。
 ただ、春樹に限らずいま生きている作家でその言葉を使っているなという人は、ほとんどいないように見えます。

 朝ご飯食べながらだらだら書いてしまった……
 キュウリとチーズのサンドイッチがずーっと食べたかったので作ったんですが、思えばこれ、『1Q84』に出てきておいしそうだったのを延々引きずっていたんだよな……そういうふうに考えるとやっぱり力のある文章なのかな(笑)
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君の愛がなければ、それはただの安物芝居にすぎない

評価:
村上 春樹
新潮社
¥ 1,890
(2009-05-29)
コメント:「そしてほとんどの人間は痛みを伴った真実なんぞ求めてはいない。人々が必要としているのは、自分の存在を少しでも意味深く感じさせてくれるような、美しく心地良いお話なんだ。」まったくそのとおりだと思いますが、この小説こそがまさに「痛みを伴った真実」に見せかけた「美しく心地良いお話」に見えます。

  本来書かれるべき物語が手に負えないので、楽に書けそうな外伝やスピンオフにあたる部分だけで成立しているような、一次なのにある意味二次創作的な作品が非常に多いと感じる昨今ですが、まさかノーベル文学賞に手が届くと言われる小説家までがそうだとは思わなかった。
 これが日本文学のひとつの頂点と見なされるなら、もう純文学は終わりなんじゃないかな……

 人が集団になるということについての物語なんだと思ってた。その特性が最も極端に顕れるケースとして、過激派とカルトが選ばれたんだろうと。
 青豆が「証人会」(エホバの証人を強く意識させる)=宗教を理不尽に背負わされ、対して天吾はNHK=国家を理不尽に背負わされているという構図で、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」も天吾を目眩とともに襲う記憶も、ふたりが理不尽に背負わされた集団からの暴力の痕跡、なんだと思ってた。
 全然関係なかったです。「あけぼの」も、「さきがけ」も、戎野先生も、ふかえりも、リトル・ピープルも、空気さなぎも。
「シンフォニエッタ」なんて意味ありげに出す必要全然なかったじゃん。不必要な小道具をばらまくだけばらまいておいて、それでよく、「物語の中にいったん拳銃が登場したら、それはどこかで発射されなくてはならない」なんてかっこつけて書けるよね……
(あ、いま読み返したら天吾が高校のときに臨時のティンパニ奏者として駆り出されて、コンクールで叩いたのが「シンフォニエッタ」だった。そもそもこのエピソードの存在意味もよくわからなくて、忘れてた)

「世間のたいがいの人々は、実証可能な真実など求めてはいない。真実というのはおおかたの場合、あなたが言ったように、強い痛みを伴うものだ。そしてほとんどの人間は痛みを伴った真実なんぞ求めてはいない。人々が必要としているのは、自分の存在を少しでも意味深く感じさせてくれるような、美しく心地良いお話なんだ。」
 まったくそのとおりだと思います。
 ただ、私には『1Q84』こそがまさに、「痛みを伴った真実」に見せかけた「美しく心地良いお話」に見えます。

 ふかえりの描写がひどい。
 何度でもしつこく繰り返しますが、ノーベル文学賞を期待される作家が、ヒロインを「美しい少女」と馬鹿のひとつおぼえみたいに連呼するってどうなんですか。後半はふかえりの仕草から外見からとにかくふかえり絡みの全部に「美しい」がついてた印象です(第14章からざっと書き抜いただけでも、「十七歳の美しい少女」「彼女の小さな美しい耳」「そして空中にするりと小さな円を描いた。……美しい完璧な円だった」「それはとても美しい眺めだった」)。
 陰毛がなく、「大人のペニスが入るとはとても思えな」い「できたての小さな性器」を持ち、「わたしはニンシンしない。わたしにはセイリがないから」と(避妊具なしで射精した天吾に向かって)言うふかえりを性的に描く視線には、非常に根深く屈折した(本人はそれと気づいてすらいない)ペドファイルの気配がして、個人的にはものすごく嫌悪感を持ちました。日本人男性がみな無意識に持っているロリコン趣味みたいな……。アダルトゲームをあれほどヒステリックに叩くなら、この小説の歪んだ小児性愛としか思えないベッドシーンもきちんと批判してくれ、国際社会は。
 ふかえりというキャラクターじたいはそんなに嫌いではないので、彼女の描写がどんどん性的になっていくのを、もうホント作者はこれ以上ふかえりにセクハラしないでくれ、けがさないでくれと思いながら読んでいました……

「ソニーとシェール」「地上最強の男女デュオ」「ビート・ゴーズ・オン」
 ……という天吾とふかえりに対する修辞も、ソニーもシェールも知らない身にはひたすら寒い(知らないけどなんかかっこいい! と思わせるほどの力がそこにはないので)。

 肝心なことは何も書かれないまま放り出されて終わるので、続きが求められるのも当然かとは思いますが、私はもうここまででいいです……。1を読了したとき、きっと続きで語られているに違いないそうであってくれ、と思ったことが結局2では全く語られていなかったので。
 どうせ続いたとしてもこの先にあるのは青豆と天吾の嘘っぽすぎる「純愛」なんでしょ……と思ってしまう内容だったよ、2は。

「君の愛がなければ、それはただの安物芝居にすぎない」という引用も作中にあったけど、本当に「安物芝居」だった……
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見かけにだまされないように

評価:
村上 春樹
新潮社
¥ 1,890
(2009-05-29)
コメント:こんなまわりくどい形式にしないで、「さきがけ」と「あけぼの」で起きたことをもっとそのまま書けばものすごい大作になったのに、という気がしてならない。

  はじめのうちは三行読んではイライラして、これはもう読破できないかも知れない……としょっちゅう思いました。冒頭のタクシーの運転手と青豆の会話からして、不自然だよ! 言わないよそんなこと! とずっと思っていた……。
 というか、「見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです」って、多分この章の主題をズバリでそのまんま書いちゃっててびっくりした……そしたらその後「1Q84年−−私はこの新しい世界をそのように呼ぶことにしよう」「Qはquestion markのQだ。疑問を背負ったもの」「この現実の世界にもうビッグ・ブラザーの出てくる幕はないんだよ。そのかわりに、このリトル・ピープルなるものが登場してきた。」とまで書いてあってあーあそれ作者が言うのか……と脱力。それを直接言ってしまわずに、物語から読者に感じ取らせるのが小説なのでは?

 農業コミューンから宗教団体に変貌した謎のカルト「さきがけ」(山梨に拠点があるなど、オウムを強く連想させる)と過激派の「あけぼの」が絡んできてからは面白くなってきて、スムーズに読めました。
 だけど、こんなまわりくどい形式にしないで、「さきがけ」と「あけぼの」で起きたことをもっとそのまま書けばものすごい大作になったのに、という気がしてならない。作者が書きたいものはそうした事件の後遺症の部分なのかも知れないけれど、それにしても物語として書くのはあまりにも大変すぎるので、新聞記事や登場人物の台詞で「説明」しているようにすらBOOK 1読了時点では思えます。小説に限らず最近のフィクションはマンガでも映画でも、きちんと物語として語らなきゃいけない部分を「説明」に逃げてしまっているものばっかりだけど、日本で現在いちばんノーベル文学賞に近いと言われる作家でさえそうだったら……最終的にはそうではないことを期待してBOOK 2を読みます。

 あと、カルトにはまる人たちやDV加害者を「人格や判断能力を持ち合わせていない人」「根本は弱くて下劣な男」というようにばっさり断罪している(ように見える)書き方なので、読者は痛くなくて楽だろうなあと思いました。自分と完全に切り離して読めてしまうので。
 DVに対する激しい憎悪が繰り返し語られるのですが、きっと男の人はこれを何の痛痒も感じずに読むのだろう、たとえ自分がそれと気付かずにDVを働いているような男でも(そういう男だからこそ)、この本に出てくる男たちはろくでもない、DVなんて最低だ、と他人事のように読んで、それと気付かずにDVを続けるだろう、と私は思いました。

 大体、いかにも女性の立場に立っているような書き方だけど、マーシャル・アーツに通じていて、戦闘力の高い青豆(女性)の口から「睾丸を蹴ることなく、女性が男たちの攻撃から身を守ることは、現実的に不可能です」なんて言わせているし。セックスだけでなく格闘においてまで、女は性的な弱みにつけ込む以外に男に勝つ術はないと言っているようなものなんじゃないのか。
 村上春樹が書く女性は「完全にノンケ」と表明しながらちょくちょく女性と性的なスキンシップをとりますが、今回の青豆と大塚環の関係は本当に出来の悪いボーイズラブを読まされているみたいだった。夜遊びを共にしているだけのあゆみはともかく、「その人とそういう関係になるべきじゃないと思った」「大事な友情をそういうナマのかたちには変えたくはなかった」というほどの親友と、「成り行きで何となく」裸で性器をさわり合ったりキスしたりする展開にリアリティーを感じられない。どれだけ性に興味のある年頃でもちょっと考えにくい。
 性的なファンタジーを共有することはあっても、性そのものを共有はしないですよ。あまりにも仲が良すぎるふたりが好奇心と寂しさでやっちゃった、なんてまさによくある「やおい」ですよ。
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趣味は読書・漫画と雑誌編

『PLUTO』7巻と『ポーの一族』1巻とyom yom vol.9を買いました。

 PLUTOはずっとエプシロンのターンでした……。エプシロンの色っぽさに開眼しときめき泣いて終わりました。 穏やかで戦闘が嫌いで保父さんキャラなんだけど本当はいちばん強いなんて、もう好みのキャラすぎる。

『ポーの一族』は、小学館文庫版で2・3巻は既に持っていて、1巻だけ持っていなかったので。
「はるかな国の花や小鳥」がショックだった……昔の恋人との思い出に生き続ける女性が主人公で、萩尾望都はなんだかんだで優しいからどうせこの人結婚して救われて終わりだろう、と思いながら読んでいたんですが、救われませんでした。「ムシがよすぎる/エルゼリ/あなた/自分のためにだけ/生きて」と言われてしまうエルゼリや、カフカの「判決」の主人公、「恐るべき子供たち」のエリザベートのような人たちが生き延びる物語に出会ったことがありません。
 彼らが人間としてこの世界で生きることはできないということなのか。

 yom yomはそろそろ惰性になってきた……。今回は「家守綺譚」という目的があったけれど、いい加減読むところがなくなってきました。角田光代の連作も大島真寿美の連作も終わってしまったし。
 今回の特集は「食べたい、読みたい、おいしい話」で、どこもかしこもグルメづいていることに慢性的に苛立っている私はそれもあんまり面白くなかったのだけれど、椎名誠の「辺境の食卓」は面白かったです。
 身も蓋もない言い方をしてしまうと「ゲテモノ食い」のオンパレードなのですが、「世界のこういう民族の食卓を見てくると、日本でヒステリックな問題になっている『賞味期限』とか『産地表示』などのがんじがらめの意味がわからなくなってくる」というのはまっとうな感覚だなあ、という気がします。
 確かにアザラシの生き血やヘビやカエル、イモ虫などと同じくらいかそれ以上に、私たちが日頃食べている食品添加物漬けの食べ物だって「ゲテモノ」には違いない。
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恋の味も知らぬくせに、おほほほ

 昨日は部屋のゴミを捨てまくりました。ミスドのおまけを処分したらそれだけで大変スッキリした。
 すっごくがんばったけどすべて現実逃避にすぎない(作文が進まないから)

 吸血鬼モノを書くにあたって読んでいた吸血鬼ドラキュラ、読了しました。
 思っていたより読みやすかったです。そして冒険小説で怪奇小説だから当然なのかも知れないけど、思っていたより怖かった。吸血鬼になったルーシーの墓を暴いて退治する場面とか、これまでに見たどんな吸血鬼モノよりも怖かったです。背筋がぞーっとしました。
 ヴァン・ヘルシング教授がかっこよかった! 私はこういう物語ではどんなに悪役が魅力的でも、退治する側に思い入れてしまいます。

 あらためて以前に買った『夜想』のヴァンパイア特集読み返したら、スタジオライフの「ドラキュラ」の解釈がドラキュラとジョナサンの悲恋、という記事があって、それは無理がある! と思ってしまった……ていうかストーカー原作のドラキュラは口が生臭くて(食生活考えたら当然ですが)ヌハハハハ! って笑う魔人なので、私の妄想力ではいろいろ無理です……。
 意外と映画「ヴァン・ヘルシング」はああ見えて原作に忠実だったんじゃ? と思って見返したんですが、アレはアレでやっぱりおかしかった(笑)ただ、耽美や悲哀がほど遠い感じは原作も同じです。

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫)
ブラム ストーカー
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僕は大人になっていくよ 醜い大人に

 ライチ☆光クラブ を読んでへこむ。
 少年たちの秘密結社・機械・昭和・耽美・薔薇などなど好きなモチーフ満載なんですが……
 残酷さ、幼さ、愚かさ、大人は醜く自分たちがいちばん美しいと信じている若さ故の傲慢さ、などなど少年という生き物の特徴もすごく伝わってくるし、彼らの王国が崩壊していく様子は物語としては面白いんですよ。
 ただ画面がどぎつくて、私はそこでもうダメでした。
 あー男の人が描くとこうなんだよね、こういう描写になっちゃうんだよね、絶対オブラートにくるんでくれないよね、こっちがメルヘンに描いてほしいところはリアルで、シビアに描いて欲しいところはメルヘンなんだよね、だから男性漫画家(特に青年向け)の作品は気になるモノほど迂闊に手が出せないんだけど迂闊だった……とか怨怨と思ってしまった……。
 あと話が進むに連れて、ドロップアウト気味の男子のモテたいという欲望が暴走してる部分ばっかりに目がいってしまった……あの凝った舞台装置で、あんなにわかりやすく即物的に発情するところをストレートに描かれると結構萎えるんですよ、私……。

 グランギニョルの舞台は、あそこまでえげつなくはなかったのではないかと勝手に夢想(舞台でそんな、臓物を引きずり出したりとかは物理的に無理なので)。
 ジャイボはきもちわるくて好きでした。ニコもかわいいよね。
 あと機械の動力源がライチ、っていう設定はすごくいいと思いました。ライチっていいよね。眼球みたいなかたちしてるし、エロチックだけどマンゴーとかパパイヤほど熟した(笑)淫靡さでもなく、響きがかわいくて。おいしいし。

 それにしてもアングラに惹かれるのにエログロが苦手というのは本当に困る。
 ほっこり・癒し・日々の何気ないしあわせ・おいしいごはん、にもそんなに馴染めないし、かまととぶってると思われるのも屈辱的なので、大丈夫大丈夫エログロ苦手じゃない、と自己暗示をかけてきたんですが、去年の横浜トリエンナーレで激しく性的・暴力的な映像作品を見た不快感を延々引きずって以来、ああ私はこういうのホントに好きじゃないんだ、情緒不安定になるほどダメージを受けてしまうんだ、うかうか見てしまわないように積極的に気をつけよう、注意書きをちゃんと読もう、と思うようになったんですよね……(こういうことをだらだら書いてしまうあたりまだ引きずっているのかも)。

『ばら色の頬のころ』と続けて読んだので、

 ばら色:うおお〜やっぱり少年モノはこれだよね! 黄金展開だよねこれ!
 ライチ:ああ……まあ……やっぱりそうですよね……そうなりますよね……私が望みすぎたあげく勝手に萎えて本当にすみません……

 ……という感じになり、何より自分のこういう反応にへこみました。
 そして私が気持ちよく読んでる女性作家の少年モノも、男性が読んだら「あーどうして女の作品ってこうなんだろう」とか思うんだろうか、『ばら色』もやっぱり女にだけ都合のいいメルヘンなんだろうか、とかを常にセットで考えてしまうんですよね。へこむ……

 ここ2,3日精神状態が荒れているのにこれを読んだのがそもそもの失敗だった気がします(少年モノだったからつい読んでしまったのか?)
 すさんでいると自覚のあるときは『聖☆おにいさん』あたりを読んで穏やかさを取り戻すことを心がけよう……

ライチ☆光クラブ (f×COMICS)
古屋 兎丸,東京グランギニョル「ライチ光クラブ」
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ばら色の頬をしたくだらない少年時代なんか

 前々からちゃんと読んでみたいと思っていた中村明日美子の、ばら色の頬のころをやっと読みました。
 全寮制の男子校でタイプの違うふたりの少年が出会って、惹かれて、すれ違って、傷ついて……っていう少年モノの定石を全部押さえていて、でも話には現代っぽさがあって、よかったです。
 アンドルーがかわいいなあ。わりとよくいるタイプの子だと思うけど、でも魅力的ですよね。ちょっとスレた感じなんだけど実際はみんなの世話焼いて走り回っちゃうみたいな(笑)人妻と寝まくっているのに、ポールのことがすごい好きで、ポールには純情なところとかがホントかわいい。あとオブライエンとユージーンのカップルもいいですよね、見た目が良くて(笑)
 ……という感じでキャラクターを愛でつつ入り込めたので、ほんとに読んでいて楽しかったです。

「自分のこと愛してない人間はどーやって隣人を愛したらいいのかな」って切実に疑問だよね。

 中村明日美子はゴスロリバイブルの短いマンガでしか知らなかったので、意外と動きのあるマンガを描くんだなあ、と思いました。描線が細くて綺麗なのでもっと静かな、おとなしい話描く人かと勝手に思ってた。
 しかしカバーとオノ・ナツメのオビにつられていきなり前日譚と後日譚を読んでしまったようなので、本編の『Jの総て』もちゃんと読みたいと思います……

ばら色の頬のころ (F COMICS)
中村 明日美子
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基本的に抑圧されていない人は一人もいないんですよ、女である限り

 学生時代に一度真剣に考えようとしてやめた、「やおい」関連のことを改めて掘り返……掘り下げようとしています。たぶん、あのときの私は今以上に当事者として切実にその世界にいたので、のんきに考察とかしている余裕はなかったんだと思うのですが、今なら多少は引いて見られるかなという気がしてきたので。
 その一環で、よしながふみの対談集あのひととここだけのおしゃべりをしっかり読みたくなって買ってきました。マンガ家さんならではの創作にまつわるあれこれやマンガ話だけでなく、ジェンダーやフェミニズムにまではみ出ていくのが、人によっては鬱陶しいだろうけど私には興味深かった。

 三浦しをんとの対談の部分だけ、そうだよね! ほんとそう思う! とひとり熱く頷きながら立ち読んだことがあったのですが、改めて読んでやっぱり全編にわたって共感の嵐でした。
 その中でもよしながふみにより共感する部分と、三浦しをんにより共感する部分があって……フェミニズムに対しての立ち位置や、その立ち位置を自覚したうえで「普通の人と同じです! って顔をしてたい」という感覚と、「初めて生理が来てせつなくてって描かれてしまうと、男の人たちが初潮というものを何かものすごいことみたいに考えちゃわないかしらって」というあたりはよしながふみに、第一欲求としての性欲の切実さがわからないことと、そこから生じてしまう頑なさやショックに関しては三浦しをんに、叫び出したいほど同感です。私も吉田秋生の『櫻の園』は「あーそんなふうに描くから男の人が生理にヘンに夢をもつんだよ!」とやきもきしたし、『西洋骨董洋菓子店』の橘の「人生の半分」発言にはショックを受けました(笑)

 「肉体関係はなくても成立する」というよしながふみの「やおい関係」の定義や、こだか和麻との対談での「(女性は)本当は、男の人と同志で恋人になりたくて、でも男の人は女の人にそんなものは求めていないから……」という指摘は、本当に同じ事を常々考えているのでそれを言ってくれてありがとうございます! と思いました(笑)
 「少なくとも日本とアメリカにおいては最大の宗教は恋愛」(よしなが)という発言は本当に名言だと思う。

 三浦しをんとの対談で、少女マンガには行き場がなかった人たちの受け皿としてのBLから更にこぼれていくのは「『きみがぼくの運命の人』みたいな一対一の関係から恋愛が抜けたもの」ではないか、という話題があがり、「非常に重要なポイントだから、(BLの網から)別にこぼれなくていいよって思うんですけれど、こぼれていくんでしょうね」と三浦しをんが嘆いているのですが、まさにその「一対一の関係から恋愛が抜けたもの」を、私は読み手として切実に欲しているし、書き手として目指してもいるんですが……前途多難なんでしょうが。潜在需要は絶対あると思うけどな。
 創作に関わる話題だと、

「普通の感覚の人が読んでくれる時はどう思われてもいいんだけど、読者さんの中にはまさに(『西洋骨董洋菓子店』の)小野のような状況の人がいたりする訳で、そういう人が読んだ時に絶望的な気持ちにならないマンガでなければいけないと思いながら描いています」(よしなが)
「読み終わった人が、ただでさえ不幸だったのにより不幸になるようなものって絶対書きたくないと思っています。でも逆に幸せな人がより幸せになるようなものも書きたくないんです」(三浦)

 ……これ、同じようなことを藤田貴美も書いていて、私が惹かれる作品はもう全部背景にこういう作り手の思いが流れているような気がする。

『日出処の天子』は私もぜひ大河にして欲しい(笑)
この何年かで少女マンガの古典的作品を結構読みましたが、今のヘタな純文学よりよっぽど物語が深いし面白いしで、畏怖するやら文学の凋落に悲しくなるやらです。
 ちなみに母の影響で白泉社系のマンガばっかり読んで育ったおかげで、マンガ談義の部分にもわりとついていけました(笑)

 ……纏めるつもりが今もうひとつ書き落としてたことを思い出してしまった。
 やまだないと・福田里香・よしながふみの鼎談で、やまだないとが、岡崎京子はオタクを憎んでいた、という話をしていて、「岡崎さんはあれだけいろんな女の子を描いているんだけど、オタクの子はつねにブスで、デブで、性格も最悪。ステレオタイプなんですよ」と発言していました。
 確かに『リバーズ・エッジ』に出てくる、部屋に引きこもっていて、妹に「くだんねーホモ漫かくな!!」と罵倒される女の子はデブでブスで性格も最悪だった。不特定多数の男性と関係を持って誰が父親かわからない子を妊娠する妹よりは、デブでブスでホモ漫な姉のほうが間違いなく私には近いわけですが、でもあの描き方にはそんなに嫌悪感を持たなかった。むしろ昨今の、「腐女子だってオシャレもするし恋もするよ!」という風潮よりは、いっそああいうふうに描いてもらった方がホッとするくらいです。
 オタク女(腐女子)=デブ・ブス・性格最悪、というステレオタイプは逃げ道であり、隠れ蓑だったのかも知れないな(とにかく最近の、腐女子だって女の子! という流れはホントに息苦しいです。どんどん追い込まれていく気がするよ……)

 BL・やおい周辺を分析するような本を最近はわりとよく見かけるようになったけど、とりあえずこれを読んで欲しい感じです。

よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり
よしなが ふみ
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