センチメモリー/センチメモ

いつの間に私たちはこんなに遠くへ
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贋作 桜の森の満開の下

 NODA・MAPの「贋作 桜の森の満開の下」を観ました。
 坂口安吾の原作(「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」)はどちらも好きすぎて何度も読み返しているし、夢の遊民社の代表作として名前だけはずっと知っていて、でも生で観られるとは思っていなかったので、再演のニュースを見たときはびっくりしたし、なんとかチケットを取れたのは今年いちばんのラッキーでした。

 観られてほんとうによかったです。ものすごく残酷で、ものすごくうつくしい幻想だった。

 

 色とりどりのテープを使って、舞台上の空間を自在に区切る演出がとてもきれいでした。桜の森に横たわる鬼たちや死者を覆った紙を下から伸びてきた手が突き破ったり、青みがかった玉虫色にきらきらする紗を空のように巻きあげたり、布や紙の使い方も印象的だった。
 ステージ前方に坂があり、客席と同じ高さまで下りられるつくりになっていて、その高低差もうまく使われてました。溝の上から棒を渡すとそこが牢になったりする。

 

「桜の森には冷たい虚空がはりつめている」とか、原作の小説の印象的なフレーズも繰り返し出てきました。「にわか雨とか戦争とか、人間は突然起きることが好き」「戦争はときめく」みたいな夜長姫の台詞も、安吾の小説と通底する感覚だなと思った。
 ヒダの国のヒメたちのために三名人(のふりをした登場人物たち)が競い合って持仏を彫るという話が壬申の乱につながり、天皇と「鬼」と呼ばれたまつろわぬ者たち、歴史と国家が暗示される物語になってゆきます。「お日さまが、うらやましい」「こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃる」と叫んだ夜長姫が羨む「お日さま」とは天照大神ではないのか、と思ったりもしました。
 いろんなことを考えながら観ていたけれど、終盤、夜長姫と、目に見える「鬼」として名指された耳男が桜の森に逃げ込んでからは舞台上の景色がただただうつくしくて、圧倒されました。逃げる鬼たちを追いかけては殺し、オオアマが「この国の北の境がさだまった」と告げ、南、西、東と同じことを繰り返す場面と、そのあとの、帝の御幸と交錯する鬼の道行きはうつくしすぎて夢のようだった。

 そして安吾の小説の結末をそっくりそのまま現出させたようなラストシーン、茫然としてしまいました。

 

 役者さんたちも良かったです。夜長姫の深津絵里が、無邪気な童女のころころした声から「バケモノ」そのものの低い声まで、声音を完全に使い分けていてちょうすごかった……! あと天海祐希さんのオオアマはめっちゃかっこよかった、立ち姿とか跪く姿勢とかがいちいちかっこよくて、さすがでした。

 妻夫木くんと古田新太さんと大倉孝二さんも安定のうまさだった……

 

 初演は昭和天皇崩御直後の平成元年二月だったそうです。そして三十年後の今年は平成最後の年。
 そのあたりの政治性は、いまこのタイミングで観たからこそ響いた、という気がします。たとえば十代や二十代の私では知識不足で、観てもわからない部分がたくさんあったと思う。

 よくわからないまま、あの桜の森の壮絶なうつくしさにただのみこまれてしまっただろうな、と思うと、それはそれでよかったような気もする。実際、時間が経つほどに「夢のようにうつくしかった」という思いばかりになってゆくので。

舞台・展覧会・イベントなど | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子

Timeline 1906-1977 ポンピドゥー・センター傑作展

 東京都美術館のポンピドゥー・センター傑作展に行ってきました。
 そもそも私が現代芸術をよろこんで見るようになったのは1997年のポンピドゥー・コレクションでめちゃめちゃ衝撃を受けたのがきっかけで、それ以来のポンピドゥー・センターの企画展ということで、行く前からものすごく楽しみにしていました。

 

 1906年から1977年まで、一年ごとに一作家・一作品ずつ年代順に展示してゆく、「タイムライン」というちょっと変わったコンセプトだったのですが、面白かったです。
 キャプションだけでなくそれぞれの作家の言葉とポートレートが面白くてつい読んでしまうので、点数がそれほど多くないわりに一周するのに時間がかかった気がする。
 私はしばらく前から色、とくに明るい色にやたら目がいくようになって、ドローネーの「エッフェル塔」とかすごく色がきれいでよかった。あとヴァランシの「ピンクの交響曲」とか……共感覚ってこんな世界なのか……? ってすごく興味深かったです。
 いちばん印象に残ったのはセラフィーヌ・ルイという女性の「楽園の樹」で、羽根や葉や眼に見えるたくさんの色の鮮やかさに感動してしまった。「私は絵を描きます。でもとても難しいです。私は絵のことをあまりよく知らない年老いた初心者です。」という画家の言葉にも打たれました。
 その隣にあった、サーカスで働いていたというボンボワの「旅芸人のアスリート」もひょうきんな感じで見ていて楽しかった。絵画を正式に学んだ経験があまりない、いわゆる「素朴派」と呼ばれる人たちの絵にとても惹かれたことが予想外で自分でもびっくりしました。

 

 特集されている期間には二度の世界大戦があり、とくに第二次大戦中の1945年は何の作品もおかれず空白にされています(BGMとしてエディット・ピアフの「バラ色の人生」がかかっている)。戦前・戦中・戦後、という時間の流れを意識せずにはいられない。
 なかでも1916年のアルベール=ビロのずばり「戦争」という絵は強く印象に残りました。抽象画なんですが、不穏な空気や不吉な気配がすごかった。
 ガスマスクをいっぱいに敷き詰めたアルマンの「ホーム・スウィート・ホーム」もすごいインパクトでした。

 

 マティス、ピカソ、シャガールといった大御所の作品も来ていましたが、どちらかというと初めて名前を知った作家の作品のほうが面白かった気がします。
 デュシャンの「自転車の車輪」とかたぶん以前にも見たことあるし……むしろデュシャンがあのオブジェをアトリエで回してよろこんでいたっぽい(「これは決して芸術作品とみなされるべきものではなく、むしろ、アトリエで他のものを制作しているときに自分をリラックスさせてくれる、動く、気晴らしのための道具である」作品解説より)ことが面白かった。マニ車か(笑)
 あとマルセル・デュシャンの兄だというレイモン・デュシャン=ヴィヨンの「馬」という彫刻も面白かったです。
 展示室の壁がフロアごとに赤、青、白になってたんだけど、やっぱり最も時代が新しい白の展示室がいちばん好きだった。

 

 存在が好きとしかいえないカルダーの「4枚の葉と3枚の花びら」とか、エロのコラージュ作品「マダム・ピカビア」とか、ポップアートっぽさがかわいかったジャケの「ガビ・デストレ」とか、ほかにもいいな、好きだな、と思った作品はこまごまとたくさんあって、とても楽しかったです。写真や彫刻もよかった。
 グッズはカンディンスキーの「30」がかなり推されてた……かわいいもんな……。私もカンディンスキー狙いでアクリルキーホルダーのガチャガチャを回して見事に外したりとかしましたよ……

 

 目玉になるような大作は正直あまりない渋めの展覧会でしたが、好きだなあと思う世界をじっくり満喫できてほんとうに楽しかったです。
 いつか本場のポンピドゥー・センターにも行きたいなあ。 

舞台・展覧会・イベントなど | 23:37 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子

ロミオとジュリエット

『ロミオとジュリエット』
オックスフォード大学演劇協会 OUDS来日公演
彩の国さいたま芸術劇場小ホール

 舞台は近未来の荒廃したヴェローナという設定で、装置はバスケットコートのような図形が描かれたブルーの地面に、鉄製のように見える直方体のみ。幕もなく、場面転換は効果音と照明。
 登場人物はスニーカー(バスケットシューズ?)を履き、衣装はスーツ姿の大公や、キャピュレット夫人・ジュリエットなどドレスを纏った一部の女性を除いて、ストリート系のラフな普段着でした。
 舞台装置や衣装が最高に映えてるなと思ったのは仮面舞踏会の場面で、仮面のかわりにバイク用のフェイスマスクを着け、クラブ・ミュージックで踊っていたのがすごくかっこよかった。音楽も良かったです。

 ロミオとジュリエットが女性同士で、かつはっきりと同性愛者だという設定に惹かれてチケットを取ったのですが、その部分のハードルはあまり感じませんでした。
 ロミオは女性で、男装ではないとはいえジュリエットよりはボーイッシュな衣装で、声もハスキー。キスシーンは濃厚に見えましたが、女性どうしの性愛の場面、ということばから期待される感じ、美少女どうしがうつくしくエロティックに絡む耽美な風景、みたいなものではまったくなかった。
 近くの席の女性客が「宝塚の男役のように男装するか、あるいはオールメールにしてくれたらよかったのに」というようなことをぼやいていたのが聞こえてしまったんですが、あらゆる意味でロミオとジュリエットのロマンスをきもちよく消費できるつくりではまったくなかったです。
 ふたりの恋愛については常に冷ややかに、滑稽にさえ演出されていたと思う。「ロミオとジュリエット」ってほとんど観たことがなくてほかの演出と比べられないのですが、有名なバルコニーの場面なんてほとんどギャグみたいだった。そもそもロミオが物語の冒頭ではロザラインていうぜんぜん別のキャラクターへの恋で死にそうになってるのに、ジュリエットに出会ってあっさり一目惚れするあたり相当に軽率だよね……

 印象に残ったせりふもよく引かれるロマンティックな殺し文句ではなく、
「さあ、金だ、人の心にとっては何よりの猛毒」
「毒を売るのは私だ、お前ではない」
「そして私も、お前達の不和に目をつぶった罰として身内を二人までも失った」
 ……という感じでした(日本語字幕つきの英語上演でしたが、字幕の完全な再現ではありません)
 そういえば英語だから多少は聞き取れるかと思ったけど、早いしいわゆる文語っぽい英語だしでもうぜんぜん歯が立たなかったな……
 こういうお芝居を日本語でも観たいです。『犀』のフランス語上演のチラシも入っていて、おお、と思ったけれど、ほんと日本の劇団が日本語でやってくれてもいいんだぜ……
舞台・展覧会・イベントなど | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子

生命と愛の未来を探る

 医学と芸術展に行ってきました。このごろ森美術館に縁があるな。
 思ったより混んでいて、意外でした。かつて人体解剖は学術的な動機のみならずエンタテインメント的な要素を含んで公開された、というようなことがその様子を描いた絵画のキャプションにありましたが、さもありなん、いつの世にも人はそういうものに惹かれるところがあるのだな、と妙に納得してしまいました。展示されていた中世の解剖図には女性、それも妊婦を描いたものが目につき、純粋に医学的な好奇心ではないものを感じずにはおれない。女性のおなかの部分が蓋みたいにぱかっと開いて、中に内臓が詰まっているコレクション用の小さな模型とかもありました。

 いちばん心を打たれたのはヴォルター・シェルスの「ライフ・ビフォア・デス」という作品です。生前の顔と死んだ直後の顔を並べて対にしてあるポートレイトで、生きているときと見かけは何も変わらないのに何かが決定的に違う死者のあの感じが、写真に映っていてすごいと思いました。被写体には老いた人も若い人も男の人も女の人もいましたが、中に一枚生後まもない赤ちゃんのものがあって……天使のようにかわいい顔をしているのが、痛々しくて涙が出そうでした。逆にお年寄りの写真はとても安らかな気持ちで見ることができました。

 私のお目当ては現代芸術の作品だったのですが、おなじみの作家にも出会えました。やなぎみわとか。パトリシア・ピッチニーニの「ゲームボーイズ・アドヴァンスド」にも再会した!(原美術館にいたときほどの存在感はなかったけど)
 ジル・バルビエの「老人ホーム」(スーパーマンやハルクなどアメコミのヒーローたちが、誕生したときからの実年齢で老人ホームに入っているという設定のインスタレーション)は面白かったです。

 終わりの方は、自ら腕に耳を移植するなど人体改造をしてその様子をインターネットの動画で流しているアーティストとか、遺伝子操作で蛍光色に発光するようにつくられた「GFPバニ―」とかが出てきていました。
 この「GFPバニ―」の「アルバ」、すごくセンセーショナルな作品だと思うし、それは「芸術」なのか? という議論も含めて意味のあることだとは思うんだけど、いかんせん写真のパネルとドキュメンタリー映像だけでは「美術展」に「芸術作品として」展示するインパクトは弱いのでは。実物を連れてこいとまでは言わないけど(多分、もう生きていないでしょうし)、せめて生きて動いて発光する映像を見せてくれないとなー。そのショックが伝わらない。写真パネルだけじゃ「ふーん」で終わってしまうよ。

 最後に展示されていた、人工皮革を培養する(動物を毛皮のために殺さなくてすむように)装置も印象に残りました。でも膨大に時間をかけてやっとちょっと出来上がる、ように見えたので、実用性はなさそうだったな……

 美術作品のほか医療用の器具、義肢なども展示されていて、見ごたえがありました。面白かったけど、カタログが売り切れで予約受付中というまでの人気ぶりはやや不思議……
舞台・展覧会・イベントなど | 11:50 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子

ポタラ宮と天空の至宝

 聖地チベット展に行ってきました。
 一時期チベット密教に凝って『チベットの死者の書』を愛読したりしていたので、久々に面白かったです。

 入ってすぐにいた弥勒菩薩立像がいきなりすごく色っぽかった!
 5体並べて展示されていた、ナイラートミヤー・ヴィルーパ・ダマルパ・アヴァドゥーティパ・タクパギャルツェンの坐像群も、躍動感があって印象的でした。金にトルコ石が鮮やかで綺麗だった。特に女性の姿で「空」を表すというナイラートミヤーは迫力がありました。
 あと十一面千手千眼観音菩薩立像の手のあまりのもの凄さに圧倒されました。地獄の亡者までも救いたいという慈悲のあらわれだそうです。すごい……
 チベット密教と言えば男女一対抱き合った形で表される神々ですが、平面でなく立体で見るとまた違う迫力があるな、とヤマーンタカ父母仏立像を見て思いました。

 曼荼羅もたくさん来ていました。とくにインドの全ての神が描かれているというカーラチャクラマンダラ・タンカが良かった! 蓮マンダラもきれいでした。立体マンダラで、花びらの一枚一枚に仏がいて、蓮の中には男女一対で抱き合っている神様がいる。
 20世紀のものですが、四部医典タンカ・チベット医師マンダラ図も面白かったです。四部医典タンカは樹木比喩図とか中毒関連図とか人体骨格図とか色々シリーズがあったのですが、骨格が結構正確でびっくりしました。治療法も書かれていて、「親しい人と語り合え」とか書いてあるらしいのは鬱か何かだろうか(笑)医学進んでたんだ〜、とかびっくりしてしまったけど、そういえばチベットはアーユルヴェーダの国でしたね……

 神事用の面や装束なんかに何かと髑髏のモチーフが出てくるのですが、5つの髑髏は人間の五罪をあらわしているのだそうです。貪欲・妬み・愚かさ・幼稚さ・欲情。キリスト教の7つの大罪を思い出しました。

 チベット、インドだけでなく元や明、清のものも展示されていたのですが、やっぱり中央アジアと東アジアではどこか雰囲気が違う。インドやチベットのものは全体に彩色され、トルコ石や珊瑚や貴石もふんだんに使われて派手で鮮やかなのですが、中国のものは渋く、洗練された感じがします。18〜19世紀の清代の八吉祥は魚などのモチーフも面白くてすごくよかった。

 入り口のところで、チベット密教の「守りがみ」をおみくじみたいに引ける箱があったのでやってみたら、私が引いたのは「ペルデンラ」でした。「おどろおどろしい姿をしてさまざまな障害を打ち負かしてくれる女神」だそうで、人の生皮を敷き(「教えに従わない人を食べてしまう」)、ドクロ杯を持ち、生首の首飾りをして、足元には殺した悪の血の湖があるという……勝負事に強いらしいですが、怖すぎるよ!
 
 おみくじといえば、上野公園の清水観音堂で大吉を引きました!「凡人はあまり吉過ぎて位負けすべし」というくらいよいらしい。「子無ければ二十七八より三十二三までに出来る」という妙に具体的かつリアリティーのあるお告げが気になります(笑)
舞台・展覧会・イベントなど | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子

何に因って?

 最終日に駆け込みでアイ・ウェイウェイ展を見てきました。
 トリエンナーレとか見てても中国の作家は結構多くて、現代芸術に強いイメージがあったので、期待して見に行ったんですが、よかった!

 1トンだったり1立方メートルだったりする立方体から展示が始まるんですが、素材がお茶、紫檀、花梨など、中国の名産なんですよね。
 伝統工芸の素材を使うだけでなく、制作も伝統的な職人に発注するのだそうで、清時代の寺院の廃材を組み木の技術で組み合わせて作られた「中国の丸太」「中国の地図」はとても美しかったです。

中国の丸太

作家:アイ・ウェイウェイ
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1日本」ライセンスでライセンスされています

 明・清時代の家具を解体して組み直したという家具のシリーズが私はいちばん印象に残りました。
「二本足のテーブル」「三本足のテーブル」もよかったし、胴の部分に丸く穴があいた花梨の箪笥を7つ並べた「月の箪笥」がすごく好きです。まわりをぐるぐる歩きながら見ると、見る角度によって丸い穴の部分が月の満ち欠けに見える、とてもロマンチックな作品です。
 清時代の骨董家具と取り壊された寺院の廃材を組み合わせて構成された「断片」も迫力がありました。

月の箪笥月の箪笥

作家:アイ・ウェイウェイ
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1日本」ライセンスでライセンスされています

 大量生産された工業製品であるフォーエバー社という会社の自転車を輪にして組み合わせた「フォーエバー自転車」にしても、唐時代の壷にコカ・コーラのロゴをペイントした「コカ・コーラの壷」にしても、単純に作品としての見た目が美しくて、いくら現代芸術であってもこういう美しさはやはり必要な気がします。
 
 展覧会の副題が「何に因って?」だったけど、やっぱり中国という国が千年単位で脈々と培ってきたものにどこかで根を下ろしているからこそ、こういう強い表現ができるのだろうな、と思いました。
 自分のルーツや土壌をなかったことにして、新しいものを作ることは多分できない。

 六本木ヒルズの52階から東京を見下ろして帰ってきました。
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デザインフェスタ VOL.30

 デザインフェスタへ行ってきました。
 もうポストカードと置き場所に困る雑貨は増やすまいと決めていたのに、やっぱり買ってしまった……外国の切手を貼ってきれいに装幀した豆本とかかわいかったのでつい……
 今回は展示を見るのに夢中でした。なんかヘンなものが沢山あって、現代アートを見る感覚に近い楽しさがあった。架空生物のフィギュアとか、鉄製の龍とか、あ、話題の透明標本も来てました。目のかたちのシーソーや、揺れる椅子みたいな巨大な遊具も楽しげでした。
 いつも力尽きてたどり着かない暗いゾーンが特に面白かったです。段ボールでできた精巧なミニチュアのアパートや、マネキンと植物に埋もれるディスプレイやキーボードを配置した展示、かなり大がかりな立体作品もありました。

 あとは1回500円で女王様が客を緊縛してくれるブースで、かぶりつきで(笑)縛りを見学して楽しかったです。女王様はラバースーツにピンヒールで、おかっぱで眉がなくて口にピアスですごくかっこよかった……!
 童話の主人公をモチーフに特殊メイクとファッションのショウをやっていた異形の人たちにも釘付けでした。
 草についたバッタを持っている人とたまにすれ違ってびっくりした(笑)
 あ、1回10円で咲いてくれるっていうブースもあった(笑)(咲きとは……バンギャがキメー声で愛しの人の名前を叫ぶこと、ってそのブースに書いてあった)N条氏が王子モードだったら、氏に向かって是非咲いてもらいたかった……!

 何も決めずにぶらりと出かけたのですが、やっぱり行ってよかったな〜。
 帰りに新宿で食べたパンプキンプリンのタルト(ウツの52歳のお誕生祝い・笑)も美味しかったです。
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ブレヒトのアンティゴネ

 東京演劇アンサンブルの「ブレヒトのアンティゴネ」を観てきました。ソポクレス原作のギリシア悲劇をドイツの詩人ヘルダーリンが翻訳して、それを底本にブレヒトが舞台用に改作した作品だそうです。
 芝居の冒頭に登場人物の紹介と、舞台となるテーバイについての簡単な説明がありました。アンティゴネがあのオイディプス王の娘であること、テーバイは暴君クレオンの配下にあってアルゴスを侵略中であること、などが語られて、物語が始まりました。

 戦場から脱走したことを裏切りと見なされ、埋葬を禁じられた兄の死体を、アンティゴネは掟に背いて埋葬しようとし、クレオンに屈することなく自らの信念を貫きます。
 アンティゴネのポジションは立派な悲劇のヒロインなのですが、そういうふうに描かれてはいなかった。結局、彼女の抵抗はテーバイの滅亡を早めただけだ、というようなことが劇中で語られます。頑ななアンティゴネも、欲に目がくらんだ暴君クレオンも、自分たちの意見を持たず右往左往する共同体の人々も、誰もが愚者だった、という印象を受けました。
 忍耐に忍耐を重ねたり、過ちに走ったり、年とってから賢くなったり、そんな余裕は人間にはありはしない……という最後のコロスの合唱は刺さりました(笑)
 ともに法を犯すことを拒んだかわりにともに死ぬことを望み、ずっと姉を慕い続けるアンティゴネの妹・イスメネが可哀想でした。あの芝居のなかでいちばん優しい役だった気がする。

 素朴な演出だったぶん、台詞の強さがストレートに伝わってきて良かったです。
 アンティゴネ役の女優さんが途中噛んじゃって、あれは結構われに返るなと思いました……。クレオンの役者さんがすごい存在感で、勝手な論理なのにクレオンの言葉にはいちいち説得力がありました。あと盲目の預言者ティレシアスはさすがの貫禄でした。

 西武新宿線の武蔵関にある、「ブレヒトの芝居小屋」っていうこの劇団用の劇場で見たんですが、トタン張りの民家みたいな小屋で面白かったです……寒かったけど。
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妄想三題

 今日は29日で、イベントがある。

 私は高校のクラスメイトK(去年、7年ぶりぐらいに再会した)と歩いている。Kは「私さ、手術をして女になったんだよね」と打ち明ける。
「えっ、ということは今まで(性別が)なかったの?」と叫ぶ私に、Kは頷く。「その、ちゃんと子どもが生める体になったということ?」と追い打ちをかけると、「声がでかいよ」とKは顔をしかめる。
 私は口をつぐみ、そうか、私は逆に性別のないものになりたいけれど、長年男性の恋人がいるKにはその状態はつらかっただろう、よかったねK、とひとり心の中で祝福する。

 いつのまにかひとりになっていて、会場へ着くと友人でないべつのKがいる。地下鉄に3人固まって乗ってくるのを見ていたから、いるんだなと思っていたけど、いた。
 あいかわらずKは私を見ないし、話しかけても続かない。夢の中でまであの失望感を味わっている。私が望む言葉をべつの男の子が言い、またべつの男の子が冗談のようにして卑猥な縫いぐるみを差し出す。嫌悪しながら、でも私もKに同じことをしたのだ、と思っている。

 私はかなりいい席だったが、ステージに現れたのは嫌いなミュージシャン。

 ……やたらとKがいっぱい出てくる夢を見ました。

 知紅さまの個展「赤い妄想」に行ってきました。
 無駄に乗り換えを間違ったり道に迷ったりして、横須賀の小さなギャラリーにたどり着いた時には5時をまわっていました……。知紅さんがひょっこり顔を出してくださったおかげでたどり着けました(伺いますと言ってあった時間を大幅に遅れて本当にすみませんでした……)。
 写真で拝見する以上の素敵空間で紅に染まってきました。植物も人工物も人物も、無機的に撮る方だと感じます。樹の写真が好きです。
 お隣のカフェでおいしいコーヒーをいただいて至福。赤い着物の知紅さんはもちろん、初老のマスターもとてもかわいらしい方でした(笑)

 夜はENDSのライヴがあるので京急の快特で順調に恵比寿へ戻り、リキッドルームへ。いい感じで間に合いました。ただリキッドって変な柵があるのを失念していてあんまり前へ入れなかった。視界は最高だったけど。
 遠藤くんは髪が背中まであってすっごくうつくしかったですよ! 水を飲んで手の甲で口を拭ったり、「反逆」でマイクコードを全身に絡ませながら歌ったり、なまめかしいにも程が……!
 もうさ、漠然と神々っていうかアポロンですよね!
 でもちょっと『聖☆おにいさん』のイエスにも似てるかもとか思っちゃっ……ということはジョニー・デップ似ってこと? ジョニデに似てるのはあっちゃんのはず……え、敦司と遼一は似てるの?!(錯乱)
 
そんなアポロンですが、ライヴ終了後グッズ買った人全員に目の前でサイン&握手とかいうありえない営業してました。アポロンが。(二度言った)
 今日に限ってグッズ買う気で現金持ってた私GJ……!
 買ったグッズにサインしてくれるのかと思いきや、FC会報らしき小冊子にサインして渡してました。すみません、空気読まずにiPodケースにサイン書いてもらっちゃいました……。あったかい手だった! でもやっぱりステージを下りるとべつにアポロンではないんだよな〜。ライヴ後でお疲れだったし……

 外へ出たらソメイヨシノじゃないっぽい桜がきれいだった。
 いろんな人からいっぱいエネルギーをもらえた日でした。
舞台・展覧会・イベントなど | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子

身毒丸 復活

 ずっと見たいと思っていた藤原竜也の出世作「身毒丸」が再演かかったので、いそいそ見てきました。大変面白かったです。
 寺山修司を、好きだ好きだといつも騒いでいるわりに私はテキストを読むばっかりで、彼の関わった芝居は実は初体験でした。
 本当に何をやらせてもすごいな、天才だなって思うと同時に、この人はずっと「おかあさん」から離れられなかったんだなとも思いました。あちこちで繰り返し書いている、実母がいるのに自分を母のない子のように感ずる息子、息子を溺愛しながら虐待する母、母子相姦などのモチーフが満載だったので。

「もう一度僕を妊娠してください!」
 ……っていう決め台詞がすごいですよね。
 でも、禁断の愛だけど最後はふたりは通じ合ってめでたしめでたし、なように私には見えたので、つい同じ蜷川演出×藤原主演で見た「近代能楽集」の「弱法師」を思い出して、三島由紀夫に比べて寺山はずいぶん開放的で楽観的だなあと思ってしまった……や、まっったく勝手な直観に基づく思いこみですが。三島はぜんぜん愛に期待してなくて、すごくストイックに抑制している感じがします。「弱法師」はそこが色っぽかったんだけど。
 アクセントになっている短歌がいちいちかっこよくて、さすが! という感じでした。

 蜷川演出はやっぱり良くも悪くもわかりやすくて、ちょっと俗っぽい感じを私は受けてしまいます。最初と最後の火花や、山車みたいな荷車、異形のものが跋扈しているイメージは幻想的でとてもよかったけど、カミキリムシと、判子のラインダンスには正直笑ってしまいました……。
 
 藤原くんは確かに白石加代子と絡みまくりで、ズボンを下ろしてお尻を撲たれたりもしていましたが、それより何より年端もいかないいたいけな少年(役の上では義理の弟)を女装姿で襲う場面が衝撃的すぎた。こんな役を14歳で演ったなんて恐ろしすぎる……! 同行した母は「やっぱり10年前の初演を見たかった」としきりに言っていましたが、私は成人した藤原くんで見てよかったですよ……

 席を取った日を一週間勘違いしていたことに与野本町まで行って気付き、結果的にダブルブッキングで友人のバースデーを兼ねたカラオケを途中退出したことだけが残念だった……
 健忘にも程がある。
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