センチメモリー/センチメモ

いつの間に私たちはこんなに遠くへ
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北東北現実逃避行 その1

 目が覚めてバスの車窓から外を見たら、思った以上に見たことのない景色でした。樹木の感じが違う……のかなあ。

 7時に本八戸駅でバスを降り、八戸を経て三沢へ。乗客はジャージ姿の学生さんが多かったです。寒いので、ホームに停車中の電車のドアは基本的に閉まっていました(乗降するときはボタンを押して開ける)。
 寺山修司記念館が開く9時まで、リアルに昭和な三沢駅の待合室でストーブにあたりながら時間を潰しました。

 三沢駅から寺山修司記念館まではタクシーを使う以外に足がなく、片道3000円近くかかりました……。入館料は300円なんだけど、交通費が往復で6000円……(涙目)
 そもそも寺山修司記念館に行きたくて企画した旅行なんですが、ホントそれが大変で……計画立ててるときも「いっそ三沢に行くのをやめればすっごく楽に安くまとまるのでは……」と何度となく本末が転倒しかけました。

 でも、苦労した甲斐はあった……と思う。

寺山修司記念館

 何しろ見学者が私ひとり(!)だったので思う存分あちこち見てまわったあげく、そのうち我が家にいるようなくつろいだ気分になってきて(笑)何をするでもなくただぼんやり、かなりの時間居ました。
 メインの展示は舞台を意識した大仕掛けなもので、ひとりで見るのはもったいないくらい凝っていました。なんか音楽が騒がしくてひとりだという気がしなかった。
 記念館の裏の松林を寺山の歌碑をたどりながら歩いていくと、きれいな沼を見下ろす素晴らしく景色のいい場所に、文学碑がありました。

沼を見下ろす
文学碑

 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
 一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき
 君のため一つの声とわれならん失いし日を歌わんために

 の、三首が彫ってありました。
 泣けてくるくらいいい場所だったけれど、すごく寂しいところだったので、寺山本人はあんまり嬉しくないかもなあ、とか思ったり。記念館とか碑とかいうものはそういうものですが。
 駅から記念館までの道も湖のそばを通ったりしてなかなか楽しいドライヴでした。

 その後八戸まで戻り、東北本線で2時間かけて久慈へ出て、久慈から三陸鉄道北リアス線を終点・宮古まで乗って陸中海岸沿いに岩手県に入りました。4時間ぐらい電車に乗っていた……。
 三陸鉄道は楽しかったけど思ったより海が見えなかったです。特に後半。「陸中海岸・ローカル線と海の幸」ツアーとかそんな名前のご一行様と、八戸からずっと一緒だったんですが、ツアーご一行が途中で降りた途端海が見えなくなりました(笑)

 久慈での乗り換えが予想外にうまく行ってしまい(おかげで名物うに弁当も食べはぐったよ!)予定より早く宮古に着いたので、明日の朝イチで……と思っていた浄土ヶ浜に思いきって行ってみました。
 ……行ってよかった。日没がせまっていたせいで人けもなく、たそがれどきの浜辺はすごく静かで、確かにこの世ならぬ空間でした。

浄土ヶ浜
浄土ヶ浜

 あっという間に日が暮れて、真っ暗で寒い中ひとりぼっちでバスを待つはめになったり(そして運転手さんにぎょっとされたり)しましたが、「浄土」を見た代償だと思えばそのくらいは!

 市街に戻り、駅前の蛇ノ目本店さんでうにと牡蠣の入ったほたて丼を食べてチェックイン。
 予約時に「女性の方にはオススメできませんが……」と言われて断られかけたのを強引にお願いしたお宿だったので、かなりドキドキだったのですが、……確かに水まわりはキツかった。特にトイレは入ってすぐ男性用の朝顔がある感じで、ハナから女性客は想定外なんだなーと(笑)釣りのお客さんがメインのお宿だったようです。無理を言ってちょっと申し訳ないことをしてしまったな。
 部屋はきれいな和室でお布団だったので、私は下手なビジネスホテルよりよかったんですけどね。

 つづく。
遠くまでゆく | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子
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