センチメモリー/センチメモ

いつの間に私たちはこんなに遠くへ
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音楽は恩寵

 通っている歯医者さんの隣の本屋さんが、入ってすぐの一等地(な棚)にミュージック・ブレス・ユー!!(津村記久子の野間文芸賞受賞作)を積んでいて、2週にわたって立ち読みしていたのですが、どうしても最後まで読みたくなって買って帰ってしまいました。
 滅多にできないタイムリーな読書及び感想文ですよ。いつもこの調子だといいのになあ。

 さえない洋楽オタクの高校3年生・アザミがぐだぐだな学生生活を送って卒業するまでの話で、これといって派手な事件も起きないただの日常がえんえん続くのですが、進路を決められずぼんやりしたり、自分には何も出来る気がしないのに着々と進んでいく友だちをぼんやり眺めて焦ったりする感じが身につまされて、そう、そう、ホントそうだよね! と読みながらずっと思っていました。

 髪を赤くして、メガネで、歯を矯正中(ブレースの色を黄色と黒にして嬉しがっている)で、でっかくて、冒頭でいきなり空中分解するバンドではベースを弾いているアザミがすごくいいです、というか私はすごく好きです。本当にぜんぜんかわいくないし、洋楽を聴いてるけどかっこよくもオシャレでもなくてただのオタクだし、実際近くにいたら疲れそうな子なんですが(笑)
 同年代の女の子たちをを見て「今まで渡ったことのない、これからも渡ることのない対岸の花畑」のようにすてきだと思ってしまうところとか、さえない洋楽オタクで似た者どうしだと感じる男子・トノムラとの微妙な距離感とか、感情の細かい動きにものすごく共感してしまいます。
 頭に来る男子生徒の股間を狙って携帯メールを打ち、精巣を電波で攻撃しようとするところとかがバカで好きだ(笑)

 そして音楽。

 「音楽のことだけを考えているとき、アザミの頭の中でアザミはアザミ自身でなかった。……(中略)……そして、アザミが頭の中で演じているような男の子は、すわりの悪い女子高生の自分ではなく、現状をまるでそれが永遠だとでもいうように、確信的に生きている女の子たちを選ぶことも知っていた。それでもアザミは、音楽が鳴っている間は自分が自分でなくなることができるという妄想を捨てることができなかった。」
「音楽を聴いていないと手も足も出ない時がある。物理的にも、そして数分をただ息をしてやり過ごすだけのことにさえも。けれど音楽を聴くと、それが鳴っている何分かだけは、息を吹き返すことができる。アザミはときどき、自分はその何分かをおびただしく重ねることによって延命しているだけだと思う時がある。」
「世の中には、趣味的なものも他者も一緒に手にできる幸運な人がたくさんいて、それは、両方持ってる人、他者を持ってる人、趣味的なものしかない人、の順に人間の序列は決まっているとアザミはうすうす気付きかけていたが、……(中略)……ただ、アザミ自身も自分が持たざる者であることをあまり気にしていなかった。音楽があるだけましだと思うのだ。いや、『だけまし』なんて物言いは本当におこがましくて、要するに、音楽は恩寵だった。」
「『やりたいことですか』
 ずっと音楽を聴いていることだ。ずっと、その時聴いている曲を最後まで聴くためにわざと遠回りをするあの帰り道を繰り返すことだ。」

 私は最初バンド青春ものなのかと思って読み始めたんですが、そうじゃなくて、だからここまで感情移入してしまったのだと思います。
 バンドができるならまだいい、格好がつくから。四六時中ヘッドホンをして音楽漬けだけれど、自分でプレイしたいというよりはただひたすら聴いていたいアザミはいよいよ途方に暮れる。
 私も十代後半から二十代前半にかけては、アザミと同じように途方に暮れて縋るように音楽を聴いていました。ずっとこの曲を聴いていたい、それだけだ、と切実に思っていました。

「あたしには将来のことなんか考えられへん。というより自分のことを考えられへん。そんなことを考えるぐらいやったら、バンドのことを考えてると思う」
「音楽について考えることは、自分の人生について考えることより大事やと思う」

 将来の選択を迫られて進退きわまったとき(私は大学休学中のときでしたが)、本気でまったく同じことを考えてたよ……自分の明日よりLUNA SEAの解散のほうが重大事だった(笑)
 アザミがトノムラに、理解も共感も求めずに、好きなバンドの何枚目のアルバムがどのように好きか、それが今は形を変えてしまったことについて、延々と語る場面があります。そこに登場するバンドやミュージシャンを私は知らないけれど、でもアザミが言いたがっていること、それがどれほどアザミにとって切実なことかは痛いほどわかる、と思います。

 最終盤の文章には泣きそうになりました。

「……今はヘッドホンをかぶっていないし、何も持っていないし、これからもそうだけど、自分はひょっとしたら、音楽を聴いたという記憶だけで生きていけるのではないかと思った。」

 本当だよ、本当にその通りだよ。
 LUNA SEAやGLAYをきもちわるいほど好きだった記憶が今の私を支えて生かしてるよ。

 あーそれで私もこういうの書きたいんですよ! もう音楽と青春な物語なんて掃いて捨てるほどあるし、今更私が書く余地などないのもわかってるけど書きたい……!
 しかも私はヴィジュアル系でこういう音楽青春モノをかっこよく書きたいんですが、正直私には無理すぎる野望だ……。やっぱり洋楽じゃないとかっこつかないかなあ。90年代のバンドなら邦楽・ヴィジュアル系でもそろそろ時間差でかっこよく見えるんじゃないかとか、甘すぎるかしら。
 津村記久子は私と同年代なのに、最近のバンドを使ってアップ・トゥー・デイトな高校生の生態をちゃんと書いててすごいなあと思いました。ブリンク182とかグッド・シャーロットとかSUM41とか……、もしかしたらこのラインナップももう古くなってたりするんだろうか。

 単行本はかさばるので文庫に落ちるのを待って買うようにしているのですが、もう読みたい本を読みたいときに読むためには何でも迷わず買えばいいような気がしてきました。日本の出版文化の存続のためにも(本気)、単行本だし……などと渋らずに気前よく買うことを心がけていきたいです。
 装丁を楽しむなら絶対単行本だよね。

ミュージック・ブレス・ユー!!
津村 記久子
本・活字 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | 麻子
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