センチメモリー/センチメモ

いつの間に私たちはこんなに遠くへ
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基本的に抑圧されていない人は一人もいないんですよ、女である限り

 学生時代に一度真剣に考えようとしてやめた、「やおい」関連のことを改めて掘り返……掘り下げようとしています。たぶん、あのときの私は今以上に当事者として切実にその世界にいたので、のんきに考察とかしている余裕はなかったんだと思うのですが、今なら多少は引いて見られるかなという気がしてきたので。
 その一環で、よしながふみの対談集あのひととここだけのおしゃべりをしっかり読みたくなって買ってきました。マンガ家さんならではの創作にまつわるあれこれやマンガ話だけでなく、ジェンダーやフェミニズムにまではみ出ていくのが、人によっては鬱陶しいだろうけど私には興味深かった。

 三浦しをんとの対談の部分だけ、そうだよね! ほんとそう思う! とひとり熱く頷きながら立ち読んだことがあったのですが、改めて読んでやっぱり全編にわたって共感の嵐でした。
 その中でもよしながふみにより共感する部分と、三浦しをんにより共感する部分があって……フェミニズムに対しての立ち位置や、その立ち位置を自覚したうえで「普通の人と同じです! って顔をしてたい」という感覚と、「初めて生理が来てせつなくてって描かれてしまうと、男の人たちが初潮というものを何かものすごいことみたいに考えちゃわないかしらって」というあたりはよしながふみに、第一欲求としての性欲の切実さがわからないことと、そこから生じてしまう頑なさやショックに関しては三浦しをんに、叫び出したいほど同感です。私も吉田秋生の『櫻の園』は「あーそんなふうに描くから男の人が生理にヘンに夢をもつんだよ!」とやきもきしたし、『西洋骨董洋菓子店』の橘の「人生の半分」発言にはショックを受けました(笑)

 「肉体関係はなくても成立する」というよしながふみの「やおい関係」の定義や、こだか和麻との対談での「(女性は)本当は、男の人と同志で恋人になりたくて、でも男の人は女の人にそんなものは求めていないから……」という指摘は、本当に同じ事を常々考えているのでそれを言ってくれてありがとうございます! と思いました(笑)
 「少なくとも日本とアメリカにおいては最大の宗教は恋愛」(よしなが)という発言は本当に名言だと思う。

 三浦しをんとの対談で、少女マンガには行き場がなかった人たちの受け皿としてのBLから更にこぼれていくのは「『きみがぼくの運命の人』みたいな一対一の関係から恋愛が抜けたもの」ではないか、という話題があがり、「非常に重要なポイントだから、(BLの網から)別にこぼれなくていいよって思うんですけれど、こぼれていくんでしょうね」と三浦しをんが嘆いているのですが、まさにその「一対一の関係から恋愛が抜けたもの」を、私は読み手として切実に欲しているし、書き手として目指してもいるんですが……前途多難なんでしょうが。潜在需要は絶対あると思うけどな。
 創作に関わる話題だと、

「普通の感覚の人が読んでくれる時はどう思われてもいいんだけど、読者さんの中にはまさに(『西洋骨董洋菓子店』の)小野のような状況の人がいたりする訳で、そういう人が読んだ時に絶望的な気持ちにならないマンガでなければいけないと思いながら描いています」(よしなが)
「読み終わった人が、ただでさえ不幸だったのにより不幸になるようなものって絶対書きたくないと思っています。でも逆に幸せな人がより幸せになるようなものも書きたくないんです」(三浦)

 ……これ、同じようなことを藤田貴美も書いていて、私が惹かれる作品はもう全部背景にこういう作り手の思いが流れているような気がする。

『日出処の天子』は私もぜひ大河にして欲しい(笑)
この何年かで少女マンガの古典的作品を結構読みましたが、今のヘタな純文学よりよっぽど物語が深いし面白いしで、畏怖するやら文学の凋落に悲しくなるやらです。
 ちなみに母の影響で白泉社系のマンガばっかり読んで育ったおかげで、マンガ談義の部分にもわりとついていけました(笑)

 ……纏めるつもりが今もうひとつ書き落としてたことを思い出してしまった。
 やまだないと・福田里香・よしながふみの鼎談で、やまだないとが、岡崎京子はオタクを憎んでいた、という話をしていて、「岡崎さんはあれだけいろんな女の子を描いているんだけど、オタクの子はつねにブスで、デブで、性格も最悪。ステレオタイプなんですよ」と発言していました。
 確かに『リバーズ・エッジ』に出てくる、部屋に引きこもっていて、妹に「くだんねーホモ漫かくな!!」と罵倒される女の子はデブでブスで性格も最悪だった。不特定多数の男性と関係を持って誰が父親かわからない子を妊娠する妹よりは、デブでブスでホモ漫な姉のほうが間違いなく私には近いわけですが、でもあの描き方にはそんなに嫌悪感を持たなかった。むしろ昨今の、「腐女子だってオシャレもするし恋もするよ!」という風潮よりは、いっそああいうふうに描いてもらった方がホッとするくらいです。
 オタク女(腐女子)=デブ・ブス・性格最悪、というステレオタイプは逃げ道であり、隠れ蓑だったのかも知れないな(とにかく最近の、腐女子だって女の子! という流れはホントに息苦しいです。どんどん追い込まれていく気がするよ……)

 BL・やおい周辺を分析するような本を最近はわりとよく見かけるようになったけど、とりあえずこれを読んで欲しい感じです。

よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり
よしなが ふみ
本・活字 | 00:00 | comments(2) | trackbacks(0) | 麻子
COMMENT
ブログタイトルだけでぎゃーとなりました…。エコーでも呟きましたがすっごい読みたいです……!!<本
ちなみに私は最近の、女芸人さんがダイエットしてるのが見てて凄く息苦しいです。

余断ですが祖母の家には昔、萩尾望都が現役の頃の漫画雑誌(マーガレットとか(笑))が数冊残っててたんですが、当時は雑誌数も少ないからか、ジェンダーとか女性の自立とか育児ノイローゼを扱った作品と、いわゆる恋愛ものとが普通にごたまぜで掲載されていて面白いです。扱われてる課題は何処まで解決されたのかしら、とも思うとぼんやりしますが。
しかし今の少女漫画って自分が小学生だった頃に比べても画一的になってる気がするような……。
円 | 2009/03/05 1:15 AM
サブジェクトはよしながさんの発言から引用しました。
円さんには是非読んで欲しいので今度お貸ししますね!

女性の自立とか社会的立場とかに関しては、大学生のときに課題で読んだ1980年代の本がすごくメカラウロコな内容で、20年経ってるけどこの本に書かれてる課題何一つ解決してない! と愕然としたことがあります……
しかしそんなバラエティ豊かなマーガレットを読んで育つのと、レディコミも真っ青なティーンズラブを読んで育つのとでは差が出て当然だよね……そして全てが年々画一的になっていくよね……

女芸人のことも腐女子のことも、「なんだかんだ言っても、かわいくしたくて、彼氏も欲しい、我々の理解の範囲内の女だ」と見なして安心したがっている気がします、世間は。
(それでもまだ腐というカテゴリは逃げ場として完全に機能していないわけではないので、むしろまだ結構有効なので、もしかしたら円さんは「腐ではない」ために逃げられないと感じることがあったりするのかな、と思ったりします。腐っているよりはいない方が絶対にいいに決まっているんですが! 根も葉もない言いがかりでスミマセン)
麻子 | 2009/03/07 9:44 PM
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