センチメモリー/センチメモ

いつの間に私たちはこんなに遠くへ
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音楽は恩寵

 通っている歯医者さんの隣の本屋さんが、入ってすぐの一等地(な棚)にミュージック・ブレス・ユー!!(津村記久子の野間文芸賞受賞作)を積んでいて、2週にわたって立ち読みしていたのですが、どうしても最後まで読みたくなって買って帰ってしまいました。
 滅多にできないタイムリーな読書及び感想文ですよ。いつもこの調子だといいのになあ。

 さえない洋楽オタクの高校3年生・アザミがぐだぐだな学生生活を送って卒業するまでの話で、これといって派手な事件も起きないただの日常がえんえん続くのですが、進路を決められずぼんやりしたり、自分には何も出来る気がしないのに着々と進んでいく友だちをぼんやり眺めて焦ったりする感じが身につまされて、そう、そう、ホントそうだよね! と読みながらずっと思っていました。

 髪を赤くして、メガネで、歯を矯正中(ブレースの色を黄色と黒にして嬉しがっている)で、でっかくて、冒頭でいきなり空中分解するバンドではベースを弾いているアザミがすごくいいです、というか私はすごく好きです。本当にぜんぜんかわいくないし、洋楽を聴いてるけどかっこよくもオシャレでもなくてただのオタクだし、実際近くにいたら疲れそうな子なんですが(笑)
 同年代の女の子たちをを見て「今まで渡ったことのない、これからも渡ることのない対岸の花畑」のようにすてきだと思ってしまうところとか、さえない洋楽オタクで似た者どうしだと感じる男子・トノムラとの微妙な距離感とか、感情の細かい動きにものすごく共感してしまいます。
 頭に来る男子生徒の股間を狙って携帯メールを打ち、精巣を電波で攻撃しようとするところとかがバカで好きだ(笑)

 そして音楽。

 「音楽のことだけを考えているとき、アザミの頭の中でアザミはアザミ自身でなかった。……(中略)……そして、アザミが頭の中で演じているような男の子は、すわりの悪い女子高生の自分ではなく、現状をまるでそれが永遠だとでもいうように、確信的に生きている女の子たちを選ぶことも知っていた。それでもアザミは、音楽が鳴っている間は自分が自分でなくなることができるという妄想を捨てることができなかった。」
「音楽を聴いていないと手も足も出ない時がある。物理的にも、そして数分をただ息をしてやり過ごすだけのことにさえも。けれど音楽を聴くと、それが鳴っている何分かだけは、息を吹き返すことができる。アザミはときどき、自分はその何分かをおびただしく重ねることによって延命しているだけだと思う時がある。」
「世の中には、趣味的なものも他者も一緒に手にできる幸運な人がたくさんいて、それは、両方持ってる人、他者を持ってる人、趣味的なものしかない人、の順に人間の序列は決まっているとアザミはうすうす気付きかけていたが、……(中略)……ただ、アザミ自身も自分が持たざる者であることをあまり気にしていなかった。音楽があるだけましだと思うのだ。いや、『だけまし』なんて物言いは本当におこがましくて、要するに、音楽は恩寵だった。」
「『やりたいことですか』
 ずっと音楽を聴いていることだ。ずっと、その時聴いている曲を最後まで聴くためにわざと遠回りをするあの帰り道を繰り返すことだ。」

 私は最初バンド青春ものなのかと思って読み始めたんですが、そうじゃなくて、だからここまで感情移入してしまったのだと思います。
 バンドができるならまだいい、格好がつくから。四六時中ヘッドホンをして音楽漬けだけれど、自分でプレイしたいというよりはただひたすら聴いていたいアザミはいよいよ途方に暮れる。
 私も十代後半から二十代前半にかけては、アザミと同じように途方に暮れて縋るように音楽を聴いていました。ずっとこの曲を聴いていたい、それだけだ、と切実に思っていました。

「あたしには将来のことなんか考えられへん。というより自分のことを考えられへん。そんなことを考えるぐらいやったら、バンドのことを考えてると思う」
「音楽について考えることは、自分の人生について考えることより大事やと思う」

 将来の選択を迫られて進退きわまったとき(私は大学休学中のときでしたが)、本気でまったく同じことを考えてたよ……自分の明日よりLUNA SEAの解散のほうが重大事だった(笑)
 アザミがトノムラに、理解も共感も求めずに、好きなバンドの何枚目のアルバムがどのように好きか、それが今は形を変えてしまったことについて、延々と語る場面があります。そこに登場するバンドやミュージシャンを私は知らないけれど、でもアザミが言いたがっていること、それがどれほどアザミにとって切実なことかは痛いほどわかる、と思います。

 最終盤の文章には泣きそうになりました。

「……今はヘッドホンをかぶっていないし、何も持っていないし、これからもそうだけど、自分はひょっとしたら、音楽を聴いたという記憶だけで生きていけるのではないかと思った。」

 本当だよ、本当にその通りだよ。
 LUNA SEAやGLAYをきもちわるいほど好きだった記憶が今の私を支えて生かしてるよ。

 あーそれで私もこういうの書きたいんですよ! もう音楽と青春な物語なんて掃いて捨てるほどあるし、今更私が書く余地などないのもわかってるけど書きたい……!
 しかも私はヴィジュアル系でこういう音楽青春モノをかっこよく書きたいんですが、正直私には無理すぎる野望だ……。やっぱり洋楽じゃないとかっこつかないかなあ。90年代のバンドなら邦楽・ヴィジュアル系でもそろそろ時間差でかっこよく見えるんじゃないかとか、甘すぎるかしら。
 津村記久子は私と同年代なのに、最近のバンドを使ってアップ・トゥー・デイトな高校生の生態をちゃんと書いててすごいなあと思いました。ブリンク182とかグッド・シャーロットとかSUM41とか……、もしかしたらこのラインナップももう古くなってたりするんだろうか。

 単行本はかさばるので文庫に落ちるのを待って買うようにしているのですが、もう読みたい本を読みたいときに読むためには何でも迷わず買えばいいような気がしてきました。日本の出版文化の存続のためにも(本気)、単行本だし……などと渋らずに気前よく買うことを心がけていきたいです。
 装丁を楽しむなら絶対単行本だよね。

ミュージック・ブレス・ユー!!
津村 記久子
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第140回芥川賞・直木賞(発表)

 第140回芥川賞直木賞(平成20年度下半期)が発表されました。

 直木賞、やっぱり天童荒太だった! さすが文春!(笑)
 ここのところ時代物もよく受賞するイメージです。

 芥川賞受賞の津村記久子は、候補者発表の後にたまたま『ミュージック・ブレス・ユー!!』をさわりだけちょこっと立ち読みして、結構いい感じだなー読んでみようかなーと思っていました。
 著者ご本人も予想以上に地味な、しかしいかにも意外とロック聴いてそうな雰囲気で勝手に親近感。私は自分と同い年以下の女性が芥川賞とか取ると荒れがちなのですが(綿矢りさと金原ひとみの年は大変でした・笑)、今回は素直に祝福しています。
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第140回芥川賞・直木賞(ノミネート)

 芥川賞の候補者の顔ぶれがなんかいつも同じだよ……と思うのは気のせいか? もう山崎ナオコーラにあげておけばいいじゃん(あんまり好きじゃないけど)。
 田中慎弥にはちょっと興味がありますが、それくらいだなあ……

 直木賞はもう恩田陸にあげておけば以下略。でも「悼む人」かも知れないですね(文春だし)。王様のブランチで松田哲ちゃんが大絶賛していたけど、私は背中がぞわぞわするを通り越してきもちわるく感じてしまいました(私に言われたくないよね!)。癒し・ほっこり・きれいな涙が怖いんです、自分が邪悪だから。読まず嫌いなのは良くないと思うけど。

 それにしても本屋さんを辞めてからこういう情報にはびっくりするほど疎くなりました。
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100冊積みたい

 そうか、もう「夏の100冊」の季節なんですね。
 
 荒木飛呂彦が『伊豆の踊り子』! って何のことかと思ってたら、集英社文庫の限定カバーだったのか……
 しかし個人的には『人間失格』『こころ』『地獄変』が小畑健カバーで並んでいたことのほうが衝撃でした。折悪しく(?)私はこの夏の課題図書を『こころ』と決めていて(恥ずかしながら未読)、買おうかな〜と思っていたんだ……「地獄変」は芥川龍之介ではいちばん好きなのに持ってないのでいつか買おうと常々思っていたんだ……「人間失格」はべつにそれほど好きでもないけどやっぱり表紙が夜神月すぎる。古典は新潮文庫で、という無駄なブランド崇拝を捨ててうっかり3冊まとめてレジへ走るところでした(私は講談社ペーパーバックの薔薇十字探偵1を買ってしまうなど、小畑カバーにはかなりな踊らされっぷりです)。
 その新潮文庫も、さすがにイラストではなかったけど横組みの限定カバーを出してたしな(あれだったら通常版で欲しいけど)。去年とは比べものにならないほどに本気で流行っててびっくりした。一緒にいたA子ちゃんには「どうせなら角川(文庫)で『地獄変』買えばいいじゃないですか!」って言われました。角川はカバー装画が天野喜孝です(笑)
 角川といえば、100冊フェアのイメージキャラクターに松山ケンイチ起用して『人間失格』のカバーも彼の顔写真ですよね。何もそんな、月にはLを! で集英社文庫に対抗しなくても(笑)

こころ (集英社文庫) (集英社文庫)
地獄変 (集英社文庫) (集英社文庫)
人間失格 (集英社文庫)

 最近、書店に行っては「梨木香歩フェアを開催して『西の魔女が死んだ』を積みまくりたい」とか「オシムの言葉 のとなりにストイコビッチの誇りを積みたい」とか、何かっつーと「積みたい」と騒いでいますが、このときも小畑健の絵を3つ並べて積みたい、集英社と角川の『人間失格』を並べて積みたい、ああもうとにかく積みたいと心底思うあまり、「ああ何で本屋辞めちゃったんだろう!」って池袋リブロの真ん中で後悔を叫んでしまいました……。
 ……仕事でなくなったからこそ、積みたい積みたいって無責任に思えるようになったんだって、わかっているんですが。

 結局ヨムヨムだけ買いました。
 服だの靴だのさんざん見てまわってバッグと傘を買ったりもしたのに、いちばんテンションが上がったのはやっぱり書店でした……
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ふられた

 土砂降りなのに傘を持っていなくて、走ったら濡れました。ありえないくらい。さすがにやばいと思い、コンビニでビニール傘を買ったらそこから30秒で駅に着いた。
 職場を出るときひとこと「傘がない」と呟けばきっと誰かがどうにかしてくれただろうに(優しいから)、できずに走って濡れて、勝手に惨めになってへこむのが私の最悪なところです。そういうのは自立って言わない、卑屈って言うんだよ。黙って手を差し伸べてくれるの待ってるのがいちばんみっともないよ。
 わかってはいる。

 yom yom 6号の感想を書くのを忘れていました。
 今回は読むところが少なかった。「十二国記」の外伝が掲載されるというのが発売前から話題になっていて、私が先月までいた弱小書店にもいつになく予約の注文が入っていて、十二国記大人気だなーって疎い私は驚いたりしていたんですが、その看板に寄りかかりすぎじゃないか?
 せっかく普段読まない層も買ってくれてるのに……というか私の周りの本好きで普段ヨムヨム読まない友人も買ってくれているのに(笑)、あれじゃ小野不由美しか読んでもらえないよ。何で今回に限って本谷有希子で金原ひとみなんだ。せめて綿谷りさを呼んでこい!

 ああ、でも、本谷有希子の「あと関係ないけど、『読書』もなにげにかっこいいと思う。私は人との待ち合わせで自分が少し早くついてしまった場合、あと一、二分待てばいいだけだというのにわざわざ本を広げて待ってしまったりすることがある。もちろん、見られた時かっこいいからだ。活字に対するイメージがかしこまった感じな以上、もうその辺の『本、頭よさそうでしょ、本』という安直な思い込みもつきまとうわけで、正直こういうyom yomみたいな文芸雑誌を毎号買っている人にはそういう気持ちが果たしてまったくないのかということに大変興味がある。私だったら『yom yom読んでる』って絶対に自慢だと思う」という指摘は鋭い(笑)思いますよ! ヨムヨム読んでる活字好きの私いかすって思うからこそ、私は電車の中でカバーをかけずにヨムヨムを読んでるんですよ、きっと。中二病でごめん。
 本谷有希子も書いていますが、こういう中二病が治らない人はせめて「『自分がミーハー』ってことも忘れずに」いないとほんと人として終わると思います。私も常に忘れないよう心がけています。

 大島真寿美の連作が載ってなかったのがショック……! だって前回すごいとこで終わりましたよ。右京くんと水絵はどうなるのか、私は3か月地味にわくわくしていたんですが……!
 角田光代はいてくれてよかったけど、ふつうに面白かったけど、そんな特筆するほどでもなかったしなあ。山本文緒も嫌いじゃないし、悪くなかったけど……読み手の私に物語を楽しむ余裕がないのかな。川上弘美に至っては読みすすむのが困難で読めてないよ。
 恩田陸も、「青葉闇迷路」は毎回楽しく読んでるんですが今回はどうにも読みづらい。重松清はとてもうまいと思うけれど私は全く興味を持てない、ということがわかりました。……やっぱり私が荒んでるんだ。

 小野不由美は、予想していたより陰鬱で(笑)よかったです。ローファンタジーは設定だけ聞いててもあまりピンとこなくて……でもあの雰囲気なら読んでみたいです。麒麟が王を指名するというのがかなりいいです。

 昨日ねうねうとごはんを食べたときに、DS版FF4と岸本佐知子のエッセイと川上弘美の文庫新刊とジェラールとジャックを一気買いしました。
 ベルばらに匹敵する、と何かで評されていたショコラのシーンがあるのは執事の分際だったのか……? それが読みたかったので買い間違えた気分です。面白かったけど、もろBLなので男子及び免疫のない女子は手を出してはいけません。

 よしながふみと長野まゆみだけは本棚に置くことを自分に許可しているあたり、ミーハーどころかスノビスムにまみれた俗物ですみません……。
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もし友達をお金で買えるなら私は昌子を買う

 算数もSPI2も何もかも放り出して裏ヴァージョン (文春文庫 ま 20-1)を読み終わりました。
 どうしよう、わかりすぎてやばい。
 あんな感覚を共有してる人が私(あるいは私たち)以外にいたということに驚いて声が出ない。
 どうしてそれを知ってるの、私がずっと考えたり悩んだり傷ついたり苦しんだりしてきたこと、私の秘密、書きたいというより書かなければと思っていたことをなぜ知っているのと松浦理英子に訊きたい。怖ろしい。

 登場する2人の女性の気持ちはどっちも我がことのようによくわかります。
「この世の仕組みに適応したから偉いとでも思ってるの? それじゃあまりにも陳腐じゃない?」という昌子の苛立ちも、「私はまっとうな世界の側に属する人間だから、そうなろうと努力してなりおおせた人間だから」という鈴子の言い分も、わかる。
 何よりも「わかる」と思ったのは、短篇小説と、それに対する感想のコメント、やがては書面での質疑応答という形で向き合う2人が、直接の・リアルタイムの応酬ではないということを利用して互いに相手の質問の矛先を巧みにかわしあい、わざととぼける狡猾さ、そしてそれをお互いもどかしく苛立たしく思う微妙な空気感です。お互い、素直に心のうちを伝えたいと思っているし、伝えて欲しいと思っている。そう思っていることさえお互いにわかっている。それでもすれ違うあの感じは、わかりすぎて痛いです。
 一番の友達だった高校時代のように、「この家で和気藹藹と暮らしたい」。2人とも心からそう思っているのに。オビに「性を介在させずに、人を求める情熱の切なさ、痛ましさ、歓喜。」とありますが、あいだに性欲が介在しないというだけでなぜ一対一の人間関係はこんなにも困難なのかと、あらためて痛切に思います。

「いや全く、いくら欲求不満になったからって手近にいる者で我慢しようとするタイプじゃなくてよかったね、お互いに。」
「わたしたちは性的欲求ではない欲求をぶつけ合い、ついには激しいことばを遣り取りして闘うに至ったのだが、まるで性行為をする代わりにそうしているかのようだった。」
「もしも私が昌子に性的魅力を憶えるように生まれついていたら、そして昌子も私に性的魅力を感じてくれるふうだったら、私はさっさと昌子の恋人になり永続的な伴侶となっただろう。いや、性で結びつかなくてもいいのだ、昌子が私と一緒に暮らすことに心の底から満足していてくれるなら。しかし、そうではなく、昌子はいつも、過去の恋人だかまだ出会っていない未来の恋人だか現実の世界には存在しない架空の恋人だかとの暮らしを夢見ていた。」

「世間一般の親友同士はもちろん、恋人同士よりも深い」けれど、性的な関係ではない。
 ……いや、性的なファンタジーを共有しているなら、性的な関係ではない、とさえ言い切れないのかも知れない(「ぼくときみがいて、二人きりで、愛について話しあっているとしたら、それは『愛しあっている』のと同じことだと言ってもいいだろう」寺山修司)。
 だとすれば、もはやそこにないのは「肉体関係」だけなのに。
(二人が同性どうしだということは少なくともこの作品の中では問題になっていません。作中で繰り広げられるセクシャルファンタジーは、レズビアンを含むホモセクシャルなテーマがメインです。言わずもがなのことですが、念のため。)
 このもどかしさを、私もずっと抱えてきました。いっそ恋愛ならもっと簡単だったのに、と思いながら。

 人間の関係性ということの本質に迫る作品だと思います。
 多くの人に読まれて欲しい、そして書かれていることについてもっともっと考えて欲しいと切実に思いますが、伝わらない人には一文字も伝わらないだろうという諦念もどこかにあります。

 ちなみに小説を志す人間として昌子の側に立ったとき、挫折して一度は折った筆でただ一人のために書き続ける、というのはやはりしんどく苦しかろうと思うし、家賃代わりに小説を「書かせる」という鈴子の行為は真意がどこにあろうとやはり傲慢だ、という気が私はします。
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愛して 愛しても

 弟から5000曲以上のデータごとiPodを引き取りました。私の持っているCDを奴はほぼ網羅していて、追加する必要とかぜんぜんなかった…
 先日買ってもらったDSといい、急にオモチャが増えて遊んでいる暇がない!

 で結局本を読んでいます。
 あっちこっち読みかけなのにサグラダ・ファミリア(聖家族)を一気読みしてしまった……。彼女と死別したレズビアンと、別れた彼氏が消息不明のゲイが、それぞれの元パートナーがのこした子どもとまったく血の繋がらない家族を作っていく話です(すっごく大ざっぱな説明)。
 自分のセクシャリティーについてわりといろんな可能性を疑い、結局「極端にもてないただの妄想系ノンケ女」という自認に着地した今でも、こういう生き方をより美しいと思ってしまいます……いや、自分が当事者でないからこそそう思うのかな。普通の枠から外れた、困難なあり方というのは普遍的に美しく見えるものかな、むしろ。

 最近集英社文庫から出たのは二次文庫で、最初の新潮文庫版で初めて見たときには、私は本気でゲイから子種だけもらって子を為したいとか、ゲイと偽装結婚したいとか思っていて、きらきらひかるの笑子がなぜ苦しいのか1ミリもわかりませんでした。家族として愛されてるんだからいいじゃんとか思ってた。自分が求めているのと別の種類の愛情を返されるのは余計きついものだ、とかがわからなかったんだよね。

 愛情は確かにあるのに、求められている種類の愛情は返せない、のもきついんですけどね。
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生まれてすみません。みんな死ね

 yom yomの5号に『家守綺譚 ヤマユリ』が載っている……!
「そのとき私は、口中に白魚のような指で飴を入れられた瞬間、自分の総身がその甘みを悦んだことをまざまざと思い出した」とか、梨木香歩にしては色っぽい文章でドキドキしました。なんだなんだ。

 読み切りとしても読めるようになっているけど、いくつかの掲載作品はゆるーく連載化していて、実は大島真寿美の話を毎回すごく楽しみにしています。いちばん最初に読んでるかも。どうってことない話なんだけど、やけに先が気になる。

 角田光代の小説は片想いの矢印でつながっていく連作で、1話めで女の子から逃げた男の子が2話めでは別の女の子に捨てられ、3話目では捨てた女の子が別の男と破局する、という感じなのですが、「片想いの連鎖」って、言われるほど美しく切ないものじゃないよな、ひたすらいかんともしがたいものだよな、と思わされます。
 ひとりのキャラクターが思われる側・思う側の両方に回るので、恋している人から見たキラッキラな彼/彼女は他人が見たらただの人、というのも痛感させられる……。そうなんだよね……わかってるよ……頭では。

「今の日本では恋愛が宗教」というようなことをよしながふみがあのひととここだけのおしゃべりで言っていた(うろ覚え)けど、基本的には同意するけど、意外と入信していない人はいるんじゃないかと恩田陸なんかを読んでいると思う。
 ただ、恋愛に興味ない・とらわれていない人=普通にパートナーと安定した関係を築けている人、だったりするからな〜。
 健康な人は健康についてぐだぐだ考えないものです。

 恋愛といえば、表紙裏から3ページに渡って毎回掲載されてるTSUBAKIのタイアップ小説、今回は島田雅彦のロボット同士の恋愛モノだったのですが、あまりにも陳腐でびっくりした! 
 人類滅亡後の世界にった二台残されたロボットの回想、という設定自体は定番だけど悪くないのに、着想が何から何まで絶望的にありきたりで、あげく「恋をすると進化するって本当かな」「人類の繁栄はラブ・アンド・ピースに裏打ちされていたんだ。もっとたくさん恋をすれば、人類は滅びずに済んだのに」……もはや無邪気すぎて失笑するしかないですよ。島田雅彦も一応読んでおいた方がいいのかと思っていたけど(退廃姉妹とか)、あっもういいや! と思いました。
 ……これが多数派ならやっぱり恋愛教の威力は怖ろしいな。

  岸本佐知子の日記が素晴らしいです。好きになりました。
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続・趣味は読書

 最近読んだ本と買った本など。


 谷崎潤一郎の女性同性愛もの。まさにやおいの裏返しの百合、ですが文章がすごいせいか迫力がある。森茉莉の「枯葉の寝床」の逆バージョンみたいな……。美文を読みながら書いたら少しはあやかれるかと思いつつ読みました。
 性的に欠陥があるという綿貫のセクシャリティーが気になりました。中性とか精神的恋愛とか言い出していたので……単に男性機能が弱いということだとは思うんだけど。あと解説で「変態性欲」とか言いきっていて時代を感じました。

パレード
 最近の川上弘美では抜群に好き。『センセイの鞄』に連なるエピソードという位置づけらしいですが、そんなこと関係なく読めます。マーガリンを舐め、「イガイガイガ」と言う天狗がかわいい。この人は恋愛ものより絶対こういうのの方がいいと思うんだけどなー(いつまでも同じこと言ってすみません)

青い麦
 これは買ってない。辛酸なめ子がヨムヨムで「ガーリイな恋愛小説」に挙げていたので読んでみた。見栄張って新潮文庫の堀内大學訳で読んだけど、あきらかに集英社文庫のほうが読みやすそうで、新訳だってだけで食わず嫌いしちゃいかんよなあ、と思う。でも私はカラマーゾフもたぶん新潮文庫で読むよ(笑)
 内容は少年と少女に熟女なマダムが絡んで繰り広げられる、性の目覚めの頃のめんどくさいぐじゃぐじゃです。

モードの迷宮
 ずーっと読もうと思ってて、でも学術書なのでどうも手が出なくて、いいや今回使わなくてもファッションと身体論はどうせ必要になるんだ、と思考停止して取り寄せてしまった。
 すんごい読みにくそう……。ちょっと後悔。

植物知識
 店で担当の棚をぼけっと眺めていたらあったので、衝動買い。花にまつわるエトセトラをぼんやり知りたいのです。

 文章を書きながら突然「あれについての本が必要だ!」ってなるので、こういうときは本屋で働いていることが便利です。
 あと資料収集という点ではネットはほんと偉大。
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怖ろしい所為とは想像です

 残虐記を読んで桐野夏生はやっぱりすごいとしみじみ思った……。
 どうして少女誘拐監禁からそんな展開になるんだ……。奇をてらって作者が無理にどんでん返しを仕掛けたりしているのとは次元の違う衝撃です。心底びっくりしました。

 自称「腐った」女子向けに巷にあふれる男同士のハーレクインロマンスにはあまり興味を惹かれないくせに、小学4年生で監禁された語り手の景子が育てる、残酷で陰惨な「毒の夢」に惹かれてしまう私は何なんだろうなあ。

「私は三十五歳の今でも処女だ。同性愛者ではないが、男と恋愛したいと思わない。まして性的関係を持ちたいと願ったことも一度とてない。恋人同士の世界に思いを巡らすこともない。私はきっと、他人と関係を持ったり、性行為そのものも厭う、潔癖性なのだろう。しかし、私は性的人間である。常に、ケンジの性的妄想とは何か、という問いを生きているからだ。私は一生その問いから逃れることができないだろう。
 他人の性的妄想を想像すること。それが性的人間であるということだ。」

 欲望に対抗する武器は想像力ですよね。

 少女誘拐監禁という題材は柏崎で実際に起きた長期監禁事件をどうしても連想させ、(作中のところどころでしっかりフォローがなされているとはいえ)最後の最後で加害者と被害者の関係についてずいぶん思い切ったことを書いているように感じて、勇気があるなあ、と思ったりもしました。
 けれど虚構を幾重にも重ねて緻密に構築したこのフィクションの存在(=作家の想像力)が、現実の事件の被害者を「何をされたのか、という他人の卑しい妄想」から守る障壁になり得るのかも、という気もします。
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